「人・物・金」 経営資源の有効活用を
 (株)トライネット代表取締役社長 熊谷喜久男氏



 (株)トライネットは長野県飯田市に本社がある総合建設業。平成7年に3社の合併により生まれたこの会社は、トライアングル(三角形)と果敢にトライ(挑戦)する企業姿勢、そしてネットワークを広げ限りなく発展しようとする未来、それらの意味合いを込めて「トライネット」と名付けられた。その後平成11年と12年に合併し、より経営強化・拡張を図り、基盤を固めている。従業員は36人(1月末現在)、18年7月期の売上高は13億8000万円。

(株)トライネット・熊谷喜久男社長

 建設産業の生き残り策のひとつとして協業化や合併、新分野進出等による経営基盤強化が求められている。しかし、それらが思うように進んでいるとは言えず、建設投資の減少に伴う建設事業者の供給過剰状態は続いたまま。「前向きに取り組むためには何が必要なのか」。熊本県建設産業団体連合会主催の経営者セミナーの講師として来熊し、長野県内で自らが経験した企業合併、分割、新分野進出について講演した総合建設業潟gライネットの熊谷喜久男社長に聞いた。

 冒頭にお願いしておかなければならないのは、私は長野県の一建設会社の経営者です。地域によっては当てはまらないことや、私個人の思いや考え、12年前頃から取り組んだ企業合併・持株会社化・企業分割・企業再編、今後について経験談を話します。合併や再編などが生き残りのキーワードになるような内容ではありませんし、一方的な押し付けをするつもりもありませんので、よろしくお願いします。

持株会社M&A:無駄の無い選択と集中&K要
――いま建設産業界に求められていることは

 この業界に入って20年。サラリーマンからの転身で企業経営というものを知らずに経営者となった。慣れない建設業の経営について不安となり、M&Aも含めた経営を勉強。「建設業って本当に経営をしているのかな、経営者は努力をしているのかな」と感じるようになった。顧客の満足とか、商品が売れているのか、満足してリピーターが来ているのかなど、建設業もどの業種と同じく経営をしなければならないと感じた。
 また、建設業ありきの経営ではなく、経営資源をどう有効活用するかが大切。これまでは、建設業だけに経営資源を投入し成功してきたが、これからは、世の中の変化に応じ、M&Aや持株会社化などを活用し、経営内容を変化させていく必要があると思う。
――地方の建設業が抱える不良債権が、M&Aを進めるうえでの障害にもなると思うが
 そう感じる。資源を投入したものから、いかに利益を上げるかが経営の大前提。毎年の貸借対照表の推移から良し悪しが分かるのに、皆さん真剣に見ていないのではないか。損益・貸借に注目していれば自ずと不良資産や不良債権の有無がわかり、売却とか切り離そうかとか努力する。それには手を付けないでおいて、従来型のやり方で通用する世の中ではないと感じる。
――介護への進出は、新たな雇用体系という位置づけで
 介護事業も建設業と同様、地域に根差した地場産業として活躍できると考えたから参入した。「両親や自分もいずれ介護を受けるかも知れない。だったら、こんな施設で介護を受けたい」という視点で。この事業の9割は介護保険請求というかたちで収入がある。事業計画さえ間違わなければ受注産業の建設業より、運営は順調に推移すると思う。経営資源を投入したことで30人の雇用を確保した。十分とは言えないが社会貢献できる事業に育つと感じる。
 もう一つは、先人たちが築き守ってきた経営資源をどう有効に活用するかということ。たまたま介護ビジネスがあっただけで、別の事業で良かったのかも知れない。
――施設づくりのポイントは
 これまで山や丘の上などに建てがちな施設を、あえて病院に近く環境のいいところに作った。疎外感を感じず安心・気楽に老後を過ごせる場所として施設名も「あんきの森」とした。そして、在宅介護をはじめ長期・短期に利用できる施設にし、最期を看取れるまでの仕組みをつくろうと考えた。
 「顧客満足」というキーワードが大切で、今までの建設業の概念に無いことやそこで学んだことを建設業経営に反映させる。「あの会社はあんな事もしている。でも結構いいよね」と周囲が感じるように仕向け、イメージ戦略として使い、民需も取り込みやすくする。
――持株会社の機能が戦略的に大事だとセミナーで力説されていたが、頭脳集団がそう簡単には出来ない。アドバイスがあれば
 経営を真剣に考える者同士で議論を戦わせ、合意して物事を進める。持株会社がいいのか合併がいいのかではなく、将来に向けていま何をすることが生き残りなのか考えて行動する。業界を取り巻く環境がここ10年で激変した。これからの10年先を見据えブレークスルーする集団づくりが必要だと思う。
 みんなで知恵を出し合って頭脳集団をつくる手法が一つの考え方だ。私は、建設業協会の青年部を中心に訴えはじめたことがきっかけとなり、10人が5人、3人に減っていっていくなかで、将来の企業像を見つけ理念を共にすることができた。大株主だからとか、社長、専務だから、社長の息子だからやめさせられるわけがない、と思っていたら、部下は誰も努力しなくなる。
――どういう持株会社が有効か
 例えば、熊本市の建築業者には資金はあるが使い道がない、八代市の土木業者には遊休地や造成ノウハウなどはあるがお金がない。この2社が持株会社を作り資本を集め、八代で宅地開発をして建売住宅を販売する。それぞれの企業はそのまま存続し、両社の相乗効果で利益を出せば、株主やステークホルダーに還元される。1社単独の場合は株主の意見を聞く必要もあるが、持ち株会社で機動的に資金を投入すれば、銀行から借りるリスクも無く、人・物・金の有効活用につながる。
 また、都市型土木と山間地土木など、得意分野の違う会社同士が連携・交流して技術力を高めるのも、持株会社が有効になるのではないか。弊社の持株会社は関連会社の財務なども引き受けているので、関連会社の経営陣は得意分野の仕事に集中できている。ひとつの無駄も無い選択と集中≠ェ経営環境に必要だ。
――リーダーシップが必要では
 合併や持株会社による分社化や再編を繰り返すと、役職員などの意見を聞いて、どのように対応する事が適切なのかを考えることが必要になってきた。人それぞれに持ち味があり、適材適所で活躍する役職員のプロデューサー≠竍コーディネーター≠ナいいと感じるようになった。
――ビジネスと割り切って物事を進めていくということか
 家業を否定するものではない。しかし、最大の弱点である「しがらみ」を断ち切りビジネスライクにする為には、先にも言ったように、人・物・金の経営資源を投げ出す覚悟が必要。そこで、互いに理解しあう中で、営業や技術、財務と、追及できる自分の得意な分野の仕事に就く。これは、役職員すべての人に言え、この合意や信頼関係づくりによって、中小企業の合併や持株会社のビジネスの概念が作られる。
 もちろん商法や業法の勉強も必要。身内でしゃんしゃん株主総会ばっかりやっていて社会的にそれでいいのか。開かれたものにするためにも、大勢に株を持ってもらうとか、合併して広い意見を聞くことも大切だと感じる。
 もうひとつが、スクラップアンドビルド。バランスシートの数字から改善点を見つけ、改善不可能と判断したら事業そのものをリセットする。事業形態を残し、一度潰して新たに立ち上げれば、見違える企業に変身することも。株主と役職員の相互監視で、無駄な経費発生を抑え、事業への集中で業績も改善する。
 また、会社の資産は先人から預かった公金。資本の論理もあるが、役職員や株主だけなどと言うものではないと感じる。
――もう少し具体的に言えば
 例えば、職員が技術士資格を取得したとしたら、経営環境が厳しい設計会社を吸収合併。翌日からの入札に参加するなど、効果が現れる。もちろん、再建できる可能性を秘めていたらだが。それと、再建できる仕組みを考えるのも、経営の醍醐味になる。
 また、その資格取得職員を代表者に据え、仮に現在100万円の報酬があるとすれば、50万円は現在の会社、残り50万円は代表者になった会社で出す。業績が順調になり報酬を100万円稼ぐことが出来たら50万円のアップになる。こんなにハッピーなことはない。
 努力した結果が得られ、また一生懸命組取り組むことで、その下の人材が育つ。そして利益から持株会社にたくさんの配当を出せば、株主もハッピーになる。M&Aも持株会社も考え方は同じ。建設業であろうが製造業やサービス産業であれ、今ある経営資源をどう使うかを考える。実行する事は大変だがそう難しいことではない。


建設業再編:大手と地場の住み分けで加速

――建設業について伺う。長野県は、入札制度改革などで経営が厳しいのか
 確かに厳しい。前田中知事になった6年ほど前から県発注工事のすべてが一般競争入札になった。地域要件やランク、金額によってわかれているので、入札参加業者数は5社程度から20〜30社とバラツキがあり、落札率は宮城に次いで2番目に低いともいわれている。最低価格を引き上げるという話しも聞いているが、本当にそれでいいのだろうかとも感じている。
――最低価格は必要ないと
 「仕事が無いから」「技術者が余っているから」「この仕事は得意だから」。それで5割で入れるのに何で悪いのか。「もういいよ、こんな商売出来ないから今、資金があるうちに倉庫壊してマンションでも建てようか」となれば、業者数が減ってバランスが取れる。こんな単純なことではないのも承知しているが、希望的観測でもある。
 建設業者が多い我々のような地方では、そんなことになれば銀行が潰れてしまうだとか、地方経済が疲弊するだとかが話題に上がるが、需給バランスが安定しないのだから仕方ないと感じる。悪貨が良貨を駆逐しないうちに淘汰が進むことも必要だと思う。勝手な言い分だが、一生懸命に合理化を考え合併や持株会社化をして、財務内容を良くしようとがんばっている企業が足を引張られることにならない仕組みを、行政が考えるべきだとも思う。
 長野県では来月から5%ほど最低制限価格を上げるようだが「その分儲かるのではないか」と、期待してしまう。そんな人に限って実行予算を見ていない。一般管理費がどのくらいかかっているのか分かっておらず、いまだに丼勘定の会社も多いように感じる。
――応札者無しの工事もあると聞くが
 指名競争が一般競争に変わるから「こんな工事120%でも取らないよ」と、見向きもしない物件が出てきても仕方がない。発注者も経費率の見直しとかを考えなければならない時期が来たのかもしれない。
 談合問題や市場メカニズムを働かせる為に、一般競争入札があるのだと思う。仕方ないと思ってはいるが、今までのようなきめ細かなサービスが出来なくなってくると予測されるのは、どの県も同じ悩みだと思う。この状態が続けば、行政自らが労力を提供しなければならない時期も来るのではないかと感じる。必要とされる建設業界を残す為にはどうすれば良いのか、官民の垣根を越えて話す時だとも思う。
――安い金額で施工して品質に問題は無いのか
 詳しい数値は手元にないが、以前、県土木部長が「無い」と発言した。もし品質に問題があれば、次回からはじかれて入札に参加出来なくなることをみんな分かっている。すべてが総合評価方式での入札になると、どんなに低く入れても、品質を向上させて点数を良くしない限り、他社に持っていかれてしまうから。
――経営審査基準で国交省は、連結グループを一体とした評価方式に見直す方針だ。完成工事高や技術者数などをグループ全体で評価し、その評価を子会社にも適用する―とあるが
 大手ゼネコンが地方の中小建設会社を吸収合併してくる時代もくるのではないかと感じ怖い思いもする。
 阻止出来るものでもないが、大手ゼネコンと地場建設業者をすみ分けする部分を作ってもらうなど、みんなで真剣に考えていかなければならないとも思う。
――将来はどう再編されていくと考えるのか
 大・中・小・零と重層構造の中でやってきた産業だが、大手ゼネコンと地場建設会社の2層に分かれると思う。受注規模の違いで大手と地場に分かれるが、技術と経営に優れた企業が必要になるのは必然。きちんとした管理会社がいて、仕事をきちんとしてくれる協力業者がいればひとつの工事が完成する。
 だから、建設業も効率を追求し、グループ化、連携、合併を頭に入れての再編も必要ではないかと感じる。業界団体も自分たちのことばっかり考えるのではなく、協力会社、作業員、鉄筋工、型枠工、大工さんなど業態全体のことも考えたなかで、自分たちのあるべき姿を考察し、仕組みを考える必要があると感じる。
 大手ゼネコンの持株会社には技術者の配置が可能だ。そこから100%子会社間等での技術者移動派遣が出来る仕組みが出来ている。大手ばかりでなく、弊社のような中小建設会社の持株会社にも、技術者配置を認めてくれるようになれば、地場建設業界の再編がいっきに進むのではないかとも感じる。今以上に変わらなければならない時期に来ていると感じる。
2007.03.22掲載

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