平成16年11月22日新聞掲載
−上海市中心部の人口密度は熊本市の24倍
 国慶節明けの10月「東京都立大学・都市と住宅を考える会」に参加し、4日間にわたり上海市の隅々をじっくりと調査する機会に恵まれた。上海市は人口1,674万人、周辺農村部からの無戸籍の流入者を含めると実質人口2,000万人の群馬県よりやや広い市域面積を持つ中国最大のメガロポリスである。今日、中国経済の急成長振りは話題であるが、なるほど上海市の昨年からの経済成長率は14.8%で、日本の岩戸景気やバブル崩壊前の成長率に肉迫するものである。都市を調査するにはその周辺の農村のあり方を知ることも大切であるが、上海市の都市問題の多くは上海周辺の農村地域に起因したものでもありそうだ。中国は日本の26倍という広大な国土面積をもつので農業生産額は多いように思うが、その実態は草原や砂漠、山間地が大半を占めており、耕地面積は13%程度(日本ですら耕地面積は11%程度)なので農業経営は厳しい状況下にある。その農村部に国民13億人の7割、9億人近くが暮らしているので、農家の平均耕地面積は零細経営が多いとされる日本の5分1程度である。もし中国全土に日本並みの農業生産性があると仮定すれば中国の農民は約1億人で現在の農業生産は維持できるだろうと試算されている。したがって農村部の平均年収は日本円換算で3万5千円程度であり、これは都市部居住者の3分の1程度でしかない。すなわち、現代中国の農家は自給自足の暮らしで精一杯なのだ。加えて中国政府は農村部住民の都市部への移住を禁止しているので、農村部で生活できない人たちは都市部へ大量の不法移住者となって流れ込んでいる。結果として都市部も高い失業率と劣悪な都市居住環境が生み出されている。ちなみに、上海市の人口密度は全市平均では2,100人/Kuと熊本市と大差ないが、市中心部の黄浦区では50,940人/Kuであり熊本市の実に24倍にも及ぶ。
 ところで、中国4000年の歴史のなかで上海の歴史は新しい部類に属する。13世紀末の南宋時代に長江デルタの小さな漁港都市として拓かれ、その後徐々に貿易港湾都市として栄えてきた。1842年の阿片戦争と翌年の南京条約によってイギリスが租界地を設け、それにアメリカとフランスが加わり、上海は各国の租界地として植民地支配の拠点となった。その後遅れて日本租界も始まり、日本軍占領支配の時代で終戦を迎えた。租界当時、欧米諸国は「バンド」と呼ばれる外灘地区に母国の威信をかけて商社や銀行ビルを次々と築き「東方のウオ−ル街」と呼ばれる国際金融街が形成された。今日、このバンド地区には旧香港上海銀行や旧上海税関など1920年代に築かれた重厚なデザインの歴史的近代建築群が保存再利用されており、魅力ある上海の顔となっている。英和辞典で「シャンハイ」を引くと、固有名詞のシャンハイという地名の他に動詞で「酒や麻薬で意識を無くさせ、誘拐して船員に仕立てる」という意味の単語があり、租界時代の国際貿易港としての上海の繁栄振りと怪しげな都市の雰囲気をこれからも偲ぶことができる。
−今も残る租界時代の「リロン住宅」
 租界時代の建築遺産として今日に残るもうひとつの代表は「リロン(あるいはロンタン)住宅」と呼ばれる集合住宅群がある。もともとイギリスのテラスハウスを原型とする集合住宅であったが、デザインディテールや部屋のレイアウトなどに中国独特の建築文化が融合されており、緊張感のある路地裏の表情やそこで繰り広げられる庶民の暮らし振りなどを含めて、大変に興味深い集合住宅である。租界時代には主に海外生活者の居宅であったが、戦後は政府の所有する公営住宅となっている。今回、たまたま見学に立ち寄った住宅には戦前日本人が住んでおり、当時の住民が近年日本から訪問して来たらしく、家をよろしく頼むと現在の居住者宛に年賀状を送ってきていた。思わぬところで中日間の民間交流があるものだと感心してしまった。公営住宅とは言っても政府が維持管理する訳でもなく、床の使用権は永代に居住者親子で引き継がれるという。したがって人気の場所によっては一戸に親族3〜4世帯が同居するという状況もあり、一人当たりの平均占有床面積は7u程度しかないという。最新の映画「上海家族」でも表現されていたように、上海市民が「住」に求めるものは「どのように住むか」ではなく、より良い教育を求めて「どこ(学校区)に住むか」がより重要なのである。現代の都市生活者は生活水準の高低は収入が大きな決定要因であり、収入の多寡は受けた教育に拠ることを十分に知っている。会食をともにした上海ドリームのエグゼクティブたちは、上海出身の漢族で大学時代には米国への留学経験を持ち、しかも香港に多くのビジネスフレンドを有することがビジネスチャンスを獲得できる必須条件であると語っていた。まさに「孟母三遷」の教えは現代の中国都市にはまだ歴然と生きている。ちなみに、平均的な上海サラリーマンは年収で日本円換算25万円程度であるが、英語に堪能でありコンピューター技術者ともなると月収が3000人民元を超える中産階級となり、日本円換算年収は54万円を超える。そのような中産階級は上海市居住者の約5%・100万人ほどいる。このような中産階級家族の多くは、地下鉄終点駅周辺に広がる新興住宅地区の集合住宅ユニットを日本円換算3000万円程度でローン購入することが多いという。さらに、収入が上位の階層は外資系企業のトップビジネスマンや会社のビジネスオーナーたちで、いくらお金を持っているか自分では分からないけれど日本円換算で数億円以上は所有するという「万元戸」の世界である。外灘バンドの対岸、浦東区にある超高層アパートの広々とした居宅や、あるいは郊外の高い塀とガードマンに守られた超高級一戸建て別荘住宅を5〜7000万円で購入し、運転手付きのベンツと多くのメイドを従えた「ビバリーヒルズ」生活を楽しんでいる。なお、中国国内の住宅分譲は一般向けから高級住宅までその全てがスケルトン方式であり、日本円換算で数百万円から数千万円の内装工事が付加されている。その工事時点では適切な設計者の関与が少なく、内装業者が直接オーナーから工事を受注している。そのような隙間部分に日本の設計者やインテリアコーディネーターあるいはハウス関連産業が関与することは市場性もあり十分に着地可能であるように感じた。

−市中心部に林立する奇抜なデザインの超高層ビル群
 次に、現代の上海市の都市景観を構成する大きな要素として、市中心部に林立する超高層建築群と人民広場周辺に点在する公共建築群も大切な要素である。近年、建築の高層化に伴う地上部分の環境悪化が問題となり、上海市は高層建築の許可を今後はしないとの方針を打ち出してはいるが、現在建設中で492mと世界で一番高くなる予定の上海環球金融中心ビルをはじめ、金茂大廈(ハイヤットホテル)の420mなど、いずれ劣らぬ奇抜なデザインのノッポビルが建ち並んでいる。各ビルの頂部にはUFOや王冠、卵形などの奇抜なモニュメントが載っているのも中国らしく面白く感じられた。さらに公共施設もデザイン面ではいずれも力が入っており、劇場や博物館などの基本設計は国際コンペにより国内外の気鋭の設計者が選ばれている。国際コンペの作品集を見たが、秀逸な成績を収めているものはいずれも明朝庭園・豫園の建築デザインを現代風にアレンジしたものが多くを占めているように思われた。現代中国の建築デザインについてあえて言及するのは避けるが、相当に「力が入っている」ことだけは確かである。
−その足元にはスラム化した低層集合住宅街が…
 今回の調査で肌身に感じたメガロポリス上海のアンバランスさは、例えば天高く聳える高層建築群の雄姿とその足元に広がるスラム化した低層集合住宅街、暮らしの貧困がにじみ出ている郊外の農村集落とそれに隣接する塀に囲まれた超高級分譲住宅地、何をするでもなく一日中を公園で過ごす多くの高齢者や物乞いの老人の横を疾駆する高級外車の群れなど・・・・それらは高度経済成長を生み出している現代中国の実像でありかつその源泉でもあるのだ。今後、経済バブルの崩壊は避けることができるかと思うが、急速に襲ってくる少子高齢化社会への対応、過大なエネルギー消費と生活環境悪化の改善、農村からの流入者を適正に受け入れるセイフティーネットとしての都市整備、零細経営農家を再編する農村集落整備などは地道な課題ではあるが国の存亡に係わる大きく重い課題である。もしも上海市がこれらの解決策を明確に打ち出すことができ、着実に実行することができれば、世界に冠たる上海市となることは間違いないと思う。そのような成功へ航路を着実に辿っていくことを、強く願って止まない。

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