平成20年3月13日新聞掲載
 熊本県内の建設産業に第一線の技術者を輩出してきた熊本県産業開発青年隊訓練所が3月をもって閉所する。今日まで1800有余人の土木技術者を地元建設業界をはじめ県、市町村など各機関に送り出し、地域社会と共に45年間を歩んできたその功績は大きい。隊員の基本精神は闘魂なき者は去れ=B厳しい訓練に裏付けされ、常に前向きに突き進む人材育成は、訓練所の財産となり、その志は永遠と受け継がれていくことだろう。
【閉所式・創立45周年記念式典】
 熊本県産業開発青年隊訓練所(前田正晴所長)の閉所式・45周年記念式典が8日、熊本テルサで開かれ、同訓練所同窓会の奥名克美熊青会会長が熊本県の潮谷義子知事に隊旗を返還した。
 式典では、潮谷知事が「訓練所の精神は残し続けていかなければならない」と訴えたほか、奥名会長は「青年隊で培った不撓不屈(ふとうふくつ)の精神は、決して消え去ることなく、人生訓として心に残ることを信じている」と述べ、修了生の絆をより一層強めていくことを強調した。
 前田所長は、これまでの訓練所のあゆみを説明。歴代OBの石田才智氏、井手順雄氏らが「修了生の想い」として青年隊魂は永遠に不滅である≠ニアピールした。寥F本県建設業協会の味岡正章会長ら団体、個人に対し、感謝状を贈呈したほか、歴代OBら同窓会関係者を顕彰した。
潮谷・県知事あいさつ(閉所式典)
 皆様方の隊旗を、閉所にあたり受領させて頂きました。旗の重さの中に、これまでしっかりと学び訓練し、そして実践された歳月があるのかと考えますと万感、胸に迫るような想いが致しました。
 時代の流れの中で閉所を迎えなければならないということは、一抹の寂しさがございます。しかし、これまでの皆様方の歩みは、今日の日本を支えてきた大きな役割としての歴史でもあります。戦後の荒廃した日本の国土を青年の手によって開発し、維持し、発展させていきたいという想いの中で、その役割はずっと続いて参りました。
 青年隊のプログラムを拝見致しますと、朝6時には点呼が始まり、一日の歩みが出発します。46年にわたる歳月の中でこのリズムを繰り返し、絶えず実践することで、皆様の体の中には、社会に出ていく時の厳しさが体得されたものと思います。OBや多くの企業の方々にこの精神は受け継がれていると私は考えます。「誠実、希望、協調」の精神は、この訓練所が閉所されても皆様方、一人ひとりの心に深く残っていくものであり、また、残し続けていかなければならないと思います。
 45周年で幕は閉じますけれども、大津から城南に引き継がれていった軌跡の中に、青春の日々を色濃く残された想い出があります。そんな皆様方の社会でのご活躍を心から願い続けていきたい。
 熊本県の行政にありましては、新たな課題の中で時代が求める青年達の訓練、高度な技術への発展、変革と再構築―等、果敢に取り組みを展開していかなければならないと考えております。

創立45周年記念パーティー
 記念式典終了後は、創立45周年を記念するパーティーも開かれ、1期から46期までの修了生が一同に会し、旧交をあたためあった。熊青会の柏原政廣副会長は「閉所によって従来どおりの若年技術者の要求は絶たれることになったが、既に業界には数多くの修了生がいる。今後ともそれぞれの立場で役割を果たしてくれるものと確信している」とあいさつし、同窓会の結束を訴えた。
 最終人員報告も行われ、1期生の石田才智隊長が「修了者総数1841人、物故者44人、現在員1797人、以上、報告終わります」と力強く発声。潮谷知事が「この一瞬を心に留めて社会でのご活躍を祈ります」とねぎらった。
最後の修了式、第46期生19人が巣立つ
 最後の修了生となる第46期19人がこの日、1年間の訓練を終え、修了式を迎えた。すでに全員が県内建設業などへ就職が決まっており、春から新しい一歩を踏み出す。
 式典では、熊本県の安田宏正副知事が隊員らに修了証書を授与した後「訓練所で培った知識や技能を活かし、建設産業の担い手として思う存分、力を発揮していただきたい」と潮谷知事のメッセージを代読。
 前田所長は「訓練を重ねるごとに精神的にも肉体的にも成長してきた。やればできるということを自ら体験してきたと思う。失敗を恐れず、挑戦していってもらいたい」と今後の活躍に期待を寄せた。
 来賓からは、寥F本県建設業協会の味岡正章会長が「大いに力を発揮され、入職された企業を勝ち組≠ノしていただきたい」と祝辞を贈った。
 修了生を代表し稲葉龍希隊長は、指導を受けた先生方に感謝の言葉を述べるとともに「学んだことを社会で活かしていきたい」と抱負を述べた。



熊青会が記念碑贈る
 闘魂なき者は去れ=B熊本県産業開発青年隊のスローガンだった文字を刻んだ記念碑が、青年隊同窓会である熊青会(奥名克美会長)から贈られ、修了式後、奥名会長や前田所長らの手により除幕式が執り行われた。
 記念碑は、青年隊卒業生の今後の隆盛を祈念するとともに、この地を記憶にとどめるために建立。工事も会員の手で行われた。
 奥名会長は、「人づくりの一貫した教育訓練のおかげで、修了生がそれぞれの分野で高い評価を受けている」とこれまでの青年隊の指導に対し感謝の気持ちを伝えた。また、「何か心に迷いがあった時、青年隊を思い出し、立ち寄っていただけたらこの上もない喜びだ」と語った。
−インタビュー
青年隊訓練所所長 前田正晴氏
――現場の人材を育成する機関として使命を終えたわけですが、今の思いを
 いまだに「なぜ閉所するのか」「ぜひ残して欲しい」という話を聞く。訓練所では、技能の育成とともに、若者に足りない部分の精神教育等をやってきた。共同生活で、厳しさや我慢、人との調和の取り方などを学んできた。
 学校では教えてもらえないことを、ここで身に付けたと思う。1年間の訓練を終えた時、内面的な強さが自信へとつながり、訓練生の顔つきが変わるのが物語っている。

――訓練所がこれまで果たしてきた役割・実績は大きいと思いますが
 熊本の建設業界にたいへん貢献しているのでは。今年の修了生も含め1841人に資格を取らせて輩出している。ここを出た修了生は、会社で中堅の現場代理人を務めていたり、自分で会社を興して社長になった人もいる。
 会社が給料を払いながら資格を取らせるとなるとコストがかかるのは当然。隊員は資格を取っているので即戦力として仕事ができる。そして一番言われるのが会社の雰囲気が変わること。訓練生は朝早く出社するし元気よく挨拶もする。企業の活性化につながると喜ばれている。

――今後の建設業の人材育成についてはどうですか
 技術的なことを教えるところは専門学校があるが、内容からいって訓練所に代わるところはないだろう。精神面の教育を各企業や個人に委ねることになるが、難しい面も多い。大手企業だと、縦・横の繋がりを作るためにも入社時に共同生活をさせるといった取組をしているところもあるが、地場企業ではそこまでの体力はないのでは。建設業の協会などで、研修内容を考えながら―という話しは聞くが。今後、考えなければならない重要課題となるだろう。

――施設を運営する上で苦労された点は
 隊員は親御さんから預かっているので子供同然。健康管理や現場での事故の問題など、隊員の安全を最番優先に考えてきた。
 これまで土木畑の仕事に就いてきたが、この訓練所への赴任をキッカケに人を育てるという良い経験をさせてもらった。難しくもあったが、人が変わっていく姿を見られ楽しい面もあった。去年の修了式は感動し、「教育っていいなー」と感じた。

――最後に同窓生の皆さんにメッセージを
 闘魂なき者は去れ≠フ言葉のもとに培われてきた青年隊の負けじ魂は永久に消え去ることはないと思う。ここから輩出された方々が、訓練所の伝統・精神、負けじ魂を地域や会社の若い人達に教えていっていただきたい。
青年隊同窓会「熊青会」会長 奥名克美氏
――閉所にあたり会長の思いを
 建設業界も厳しく、新規採用する会社が少なくなってきている。訓練所にしても定員40人に対し、近年では入所がその半分位と減少しており閉所も致し方ないと感じている。しかし、県も訓練所設置当初の目的を達成したと思うし、県独自の機関として存在意義があったと強く思っている。

――訓練所が果たしてきた役割は
 技術的な養成所でもあったが、人間を作る学校でもあった。技術ばかりではなく、全寮制ということで精神面も培ってきた。精神面を教えてくれる学校として実績があり、企業もそこを望んでいたのでは。仮に建設業ではなく他の職種に就いたとしても、この精神力を持っていれば十分通用すると思う。
 修了生はメンタル面が強く、各企業でも高い評価を受けている。それも訓練所で学ばせていただいたおかげ。ここに代わるところは見当たらない。

――会長ご自身の訓練所での思い出も多いと思いますが
 私は22期生で、訓練所が大津町から城南町に移ってきた最初の年の隊員。毎朝5時50分に起床し、ランニングや訓練と、消灯までの1日が長く感じた。100`踏破やフルマラソン、登山など過酷な訓練もあったが楽しい思い出もたくさんある。
 大学に4年間通ったが、ここでの1年間は、それ以上に密度の濃い1年間だった。ここを卒業したことで自信がつき、やり終えた達成感があった。

――同窓生としての活動・繋がりはいかがですか
 卒業生は、建設業はもちろんのこと、県議や各自治体議員、自治体職員など多方面で活躍している。訓練期間が1年間ということで、先輩後輩という関係は生まれにくいが、県の地域振興局ごとに支部を作り、活動している。
 自分達がしてきた厳しい訓練をやってきたということで、期は違っても信頼関係があるし、結束が固い。

――同窓生に望むこと、また今後の同窓会としての活動・方向性は
 社会での基本的なことは訓練生活で学んできた。青年隊で学んだことを実践してもらえればそれでいい。
 今後の活動はまだ決まっていないが、OBの方から「熊青会は続けていこう」という声があり、続けていく方向で話しを進めている。これまで訓練所に置いていた事務局をどこに置くかとか、運営費をどうするか―など問題もあるが、年に1・2回でも集まり、情報交換の場にしていけたらと考えている。

青年隊訓練所45年のあゆみ 昭和38年創立以来、1,841人の技術者を養成






















闘魂 青年隊精神「どぎゃん分野でも発揮できる」
熊青会事務長 石田才智氏
 自らも訓練所の前身である産業開発青年隊熊本県隊を修了した第1期生。39期生の卒業と共に退職するまで第一線の指導者として隊員を導いてきた。「ここの修了生は私の財産。指導しとってもいろいろ教えられたことにゃ感謝しとる」。鬼先生≠燻ミ会に送り出した教え子たちのことになると顔がほころぶ。
 当初から同窓会で構成する熊青会の事務長で、現在も嘱託員として隊員を指導している。いわば訓練所の生き字引。隊員と週に2〜3日、寝食を共にし、魂をぶつけ合いながら闘ってきた。伴侶からは「自分の子育てには参加せんだったね」と言われるほど隊員に愛情を注ぎ込んだ。
 全寮生活では、些細な事が指導の対象となる。浴室で騒ぐ隊員に鉄拳制裁した時の出来事だ。隊員から「警察に行きましょう」と言われ「親ば先ず呼べ。どぎゃん教育しよるか尋ねたい」。決して怯まず信念を持った態度で隊員を諭す。石田流は「生徒や親に気遣いするようじゃ教育はでけん」。
 最近感じるのは『礼儀知らず、常識なし』が増えたことだ。「恥ずかしいと言うことを知らん。本人達がもちろん悪いが、親も悪い。ただ、責任転嫁で終わってほしくなか」。修了生達が次々に親になる年代を迎え「責任を果たせ」と訴える。
 「卒業時、修了生からは『有り難うございました』と言われるが、まだ解っとらん。5年、10年先で『こういう事だったのか』と気づいてくれれば良い。その切っ掛けをつくってきた」。訓練所で学んだことを実社会で体験し、自分のものにしてもらうことが自身の存在価値だと思っている。
 訓練所は45年という節目でその幕を下ろす。その殆どを隊員と過ごした石田さんは、建設産業の衰退に心を痛める。「社会構造の変化は仕方なか。だが、青年隊で培った精神はどぎゃん分野でも発揮できる。勝ち残れ」。希望ある未来を手に入れることができるのは闘魂ある教え子達≠ナあることを誰よりも知っている。

[目次]