@地方ブランドから全国ブランドへ平成17年1月27日新聞掲載
南関町の御茶屋跡周辺整備
 玉名郡南関町が国土交通省の「まちづくり交付金」で進めているのは、豊前街道・御茶屋跡周辺整備事業。このプロジェクトは、可能な限り昔ながらの手作りを再現し、歴史を活かしたまちづくりに取り組む一方、職人技の継承による人材育成の役割を持つ。“本物”にこだわる物づくりが、地方ブランドから全国ブランドへ脱却を図る町民の想いとして形づくられている。
 南関町が御茶屋の整備に着手したのは、15年度から。既存の建物は、1853年(嘉永6年)に新築落成したもので、御茶屋に関する建物は県内ではわずかしか残っておらず貴重な文化財といわれている。特に、九曜の紋がついた屋根瓦が肥後藩主・細川家とのゆかりを物語る。
 「南関町は関所のまちとして名が通っている。史跡も多く、文化財をいかに活用していくかが町の隆盛を占うカギ。御茶屋跡は、町民からの強い要望もあり、復元にこぎつけた」と上田数吉町長は、御茶屋跡とその周辺整備の整備に対する位置づけをこう語る。
 ただ現代風にアレンジしてもその趣は伝わらない。上田町長が求めているものは『昔ながらの素朴さ』。ポイント的な整備では、その表現にも限界があることから、豊前街道と御茶屋周辺を一体的に整備することで歴史のたたずまいを再現することにした。
 計画段階からこのプロジェクトに深く関わる大森エンジニアリングの大森正人技術士(建設部門)は「地方都市における商店街の衰退や里山の環境悪化は全国的な課題だ。独自の計画プランを掲げ、伝統手法や土木技術にこだわることで、全国に誇れるまちなみを創ることができると思っている」と地方の技術者が果たす役割を強調する。
 現在取り組んでいるのは、御茶屋への進入路に施工予定の自然石門柱。材料は南関で昔から使われている凝灰岩で、加工も地元職人の手によるもの。この道50年の三山勝さん(76歳)と弟子たちで手を加えた。「手彫りは力の入れ具合が勝負。一定の深さで掘る機械彫りと違い、深浅で文字の力強さを表現する」。三山さんは道具のワリハガネとタンガロンを誇らしげに操る。
 「我々に出来ることは培った技術を地方から発信すること。地方には優秀な技術者がたくさんいる。そんな人材をどうして上手く使って、本物を創ろうとしないのか」。仕掛け人の大森技術士は、伝統的な土木技術の継承に危機感を抱いている。「手づくりじゃないと本物は伝わりませんよ」。全国ブランドの南関を築こうと匠たちの技に懸ける。



手作りの石柱を前に上田町長(左端)と町幹部、
職人らとの話合いが続く





石職人の三山さんはこの道50年のベテラン



  [目次]    [次の記事]