本物に触れさせ、本物の技術を教える平成16年10月28日新聞掲載
 匠を目指し、"千里の道も一歩から"。今年4月、人吉市の県立球磨工業高等学校に全国初となる「伝統建築専攻科」が開設された。神社仏閣などの木造建築を専門にする宮大工の棟梁を育成しようと設置されたもので、現在、同科に在籍する生徒は、文化財保護のスペシャリストを目指し、古来の建築技術・知識等を身につけている。
 専攻科の開設は、平成元年に創設された「伝統建築コース」の15年間における教育内容や指導法、指導者の力量などの高い実績にある。これまで、同コースでは、日本建築、伝統技法という独自の設定科目により木造技能者のエキスパートを養成してきた。
 今回の専攻科の設置は、このような教育実践が高く評価され、産業界、地域から「更に高度なレベルでの修練の場をつくってほしい」という声に応えた形となった。
 修業年限は2年。前期(4−9月)、後期(10−3月)の2期制。高校の建築系学科の卒業者が対象で、現在、同校建築科伝統建築コースから進学した3人と、県外の高校卒業者2人、それに熊本市の大学卒業者−計6人が在籍している。
 本紙では、専攻科が開設に至るまでの経緯や、生徒の実習に取り組む姿勢等を八田豊校長先生にインタビューするとともに、開設して半年、1年目の前期課程を終えた専攻科の様子を生徒お2人に話を聞いた。
【専攻科開設は、平成元年に創設された「伝統建築コース」の高い実績に基づく】
−開設のきっかけは
 伝統建築コースの実践的教育が高く評価されるにつれ、外部から祠等の作成など様々な注文を受けるようになったが、伝統建築コースでは、時間的、人的な理由からこれらの要望に応えることができなかった。それでは、どうすればよいかという時に、「伝統建築部」という部活動が設立された。いわば、この部活動での功績が、伝統建築専攻科開設の足がかりとなったとも言える。
 部活動は、建築コース、伝統建築コースの生徒らで構成され、教科外でテーブルなどの小間物を主に手掛ける。活動を続けるうち、精度の高い作品にも取り組むようになった。そんな折り、専攻科進展への決定的な出来事が起こった。それは、熊本県から「鞠智城鼓桜」の模型【写真右】製作の依頼だった。
 鼓桜は、菊鹿町の古代山城・鞠智城跡にあったと推定される八角形の建物。太鼓を打ち鳴らして時を知らせた楼閣と言われている。当初は、生徒のレベルでは、絶対に無理だと教師間では猛反対の意見も出たが、これをクリアしなければ伝統建築への壁を乗り越えられないとの強い意志から引き受けた。
 伝統建築は、隅木に曲線を持たせるなど独特な工法を必要とする。模型とはいえ、伝統的な構造に変わりはなく、部活動のメンバーと伝統建築コース3年生全生徒は連日連夜、遅くまで作業に取り組み、およそ1年かけ難解な代物を見事復元した。これが、その後の外部事業のさきがけとなり、さらには、専攻科への弾みとなった。
−専攻科のカリキュラム内容は
 実技が約9割と主に実践演習に重点を置いている。伝統建築コースから進学した生徒にとっては、5年間のスパンで専門性の高い技術・技能を習得。また、新たに専攻科へ入学した生徒は、刃物の使い方から始まり伝統技法の継手など、本格的な内容を学んでいる。
 実習でも、日本の名工100人のうちのひとりである宮大工・桑原茂作氏らを講師に、現在は、錦町の地域住民から委託された室町時代の建築物「土屋観音堂」の修復作業を行っている。屋根や床等を改修しており、すでに完成した屋根部分には、日頃から勉強を重ねている伝統技法が施されている。
−これまで伝統建築コースを卒業した生徒達はどのような進路へ
 総合的な建築会社へ就職するほか、社寺建築を専門とする工務店へ修行に入る生徒が多い。社会に出ても、高校で基礎・基本を学んでいる生徒たちは、短期間に成長し、即戦力として働いている。卒業生では、すでに棟梁として活躍している者もいる。専攻科を卒業する生徒も、より高度な技術を身につけ、一流の宮大工の棟梁を目指し、羽ばたいていくだろう。
専攻科生徒の勉強に取り組む姿勢は
 土曜、休日関係なく、刃物研ぎに学校へ出向く生徒もおり、こちらがブレーキをかけるぐらいの熱心さが窺える。技術的には、まだまだ未熟なところもあるが、予想以上の吸収力に驚いている。
 伝統建築は、完成度の高いものに仕上げるには10年はかかるという。一般的に建築業等の実社会では「技術は自ら教えない、見て覚えろ」が常識。しかし、専攻科では「本物に触れさせ、社会ですぐに役立つ本物の技術を教える」というところに特徴がある。ここを卒業していく生徒には、匠へのいくらかの近道を手にして巣立っていってもらいたい。

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