熊本城復元整備の目玉事業で、来春の一般公開が間近となった本丸御殿大広間。400年前にさかのぼって当時を忠実に再現するこの大普請の裏側には、多大な努力をした専門工事業の姿があったという。目指したのは、資材、職人とも限りなく地元熊本にこだわること。大工、左官、建具など専門工事の知られざる現場にスポットを当てシリーズで紹介する。
E 石   (株)橋口石彫工業(熊本市) 平成19年12月17日新聞掲載
 本丸御殿の石工事は、建物に付随する工事と、石垣工事の大きく2つに分類される。このうち熊本市の葛エ口石彫工業が受け持ったのは建物付随部分。特に手加工が多く要求される。「当初は途方に暮れることも多かったが、今になると貴重な体験。石工職人たちに感謝したい」。橋口武弘社長は作業をそう振り返り、多大な仕事を成し遂げた顔が晴れ晴れとしている。
400年前に思い馳せコツコツと作業

 完成間近の本丸御殿の床下には、柱を支える石が無数に敷かれている。束石、礎石、土台石と呼び、どれも建物の基礎となる重要な役割を果たすものばかり。このほか大御台所の囲炉裏や、排水溝なども石で作られており、これら全部を復元する。
 石は、砂や泥、火山灰などの粒子が堆積してできた「凝灰岩」と、火山岩の一種で現在は産出が困難とされる「安山岩」を採用。どちらも400年前に使用されていた。今回の復元は資材もできるだけ地元にこだわることから、すべて県内で採取した石が持ち込まれた。
 作業は当時の職人と同様、人力で削ったり、割ったりして進めていく根気勝負。使用した石は比較的柔らかく、加工しやすいものの、束石や礎石のほぞ穴をはじめ、水勾配、石肌出しまで、ノミやビシャン(先端に突起のついたハンマー)片手にすべて手作業で仕上げた。「石工事は縁の下の力持ち」。職人たちは400年前に思いを馳せながらコツコツと仕事に臨んだ。

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 当時の作業を再現するという点では、工具も蘇った。石を割るときに使う豆矢(まめや)≠セ。発掘された束石などに豆矢の矢穴跡が見つかったため復元したもので、機械がなかった当時、いかに無駄な労力を省き施工するかを考えた先人の知恵の結晶と言える。闇(くらが)り通路内の礎石などには随所に矢穴跡があり、豆矢を打つ当時の職人の姿がだぶる。
 建築のための足場が撤去された現在、石工事最後の仕上げとなる外回りの排水溝や階段石などの整備を急ピッチで進めている。現代では滅多に施工されないという石による排水溝は、石を木工の組接ぎのように組み立てる作り方。熟練職人の腕の見せ所のひとつだ。「石は不変のもの。数百年後の誰かが見ても恥ずかしくない仕事をしなければならない。これから年度末までがまた根気勝負」。橋口社長の意志≠ヘ固い。

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