熊本城復元整備の目玉事業で、来春の一般公開が間近となった本丸御殿大広間。400年前にさかのぼって当時を忠実に再現するこの大普請の裏側には、多大な努力をした専門工事業の姿があったという。目指したのは、資材、職人とも限りなく地元熊本にこだわること。大工、左官、建具など専門工事の知られざる現場にスポットを当てシリーズで紹介する。
D 鬼瓦   藤本鬼瓦(宇城市) 平成19年12月6日新聞掲載
 宇城市小川町の藤本鬼瓦は、県内唯一の鬼瓦製作専門店。父の後を継いだ2代目鬼師、藤本康祐さん(47歳)は、700年近くある鬼瓦の歴史を途絶えさせまいと、ひたすら鬼の顔と向き合っている。
700年の歴史、途絶えてはならない

 日本建築の外観の大部分は屋根で、その屋根のシンボルが鬼瓦という。家運上昇、千客万来、除魔などの願いを込めて、城郭や民家の建築が発達した江戸時代以降広く普及した。
 鬼瓦と聞けば恐ろしい鬼面を思い浮かべるが、現在は成金を願う分銅の形や、火災防止を込めた波の形などデザインも多様化。「鬼の形相は商売に似合わない」と、江戸時代の商人の注文から今の形へと変わったという。
 「本丸御殿は、幕府の要人らをもてなす迎賓館のような役目を果たしていたため鬼瓦の形も華やか」。鬼の顔はないものの、唐破風に乗る獅子口鬼瓦は、九曜紋を中心に激しくうねる波の模様が両側に描かれ、堂々たる存在感を誇示している。また、大棟鬼瓦は、縦横の長さがともに1b、重さ約75`と数ある鬼瓦の中で最大級。どれを見ても美と迫力を備えた瓦形式だ。

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 鬼瓦の製作は通常、機械で粘土を平たく成形したものを切ったり、接合したりして立体的な形を出していく。しかし今回は、手で練った粘土の塊たたら≠ゥら製作する古来の方法でやり遂げた。
 「肝心なのは、粘土内の空気抜きや、無理な形にもキズ無く曲がる粘りけ。しかも予めデザインがきちっと決まった復元は、その形に合う粘土を考案しないといけない」。粘土の調合を微妙に変える作業は重要なポイントで、作品の出来映えをも左右し、熟練を要することは言うまでもない。
 今年春、亀裂が入った天守閣の鯱(しゃちほこ)を作り直すことが発表されたが、その製作が現在の仕事だ。再現の見本は、江戸時代中期の宝暦に作られた熊本市立博物館収蔵のもの。作業場に持ち込まれた見本を指でなぞるように触っては、ヘラや針金で忠実に形を写し出している。「実物に触れると、昔の職人がどんな技で作ったかも見えてくるのですよ」。今にも動き出しそうな巨大な海獣≠前に、作業場には、ただならぬ緊迫感が漂う。
 鯱は来年1月末にも完成予定。尾びれには肥後鬼師藤本≠フ名が刻まれる。「熊本の建築物の最も高い位置に居座り、城下町を見下ろす鯱の姿を想像すると、本当に誇らしい」。建築様式の変貌とともに減り続けているという鬼瓦需要。藤本鬼瓦が手掛けた本丸御殿と天守閣の鬼瓦をきっかけに、その素晴らしさを再認識したい。





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