熊本城復元整備の目玉事業で、来春の一般公開が間近となった本丸御殿大広間。400年前にさかのぼって当時を忠実に再現するこの大普請の裏側には、多大な努力をした専門工事業の姿があったという。目指したのは、資材、職人とも限りなく地元熊本にこだわること。大工、左官、建具など専門工事の知られざる現場にスポットを当てシリーズで紹介する。
C 瓦   (資)中川瓦工場 平成19年11月29日新聞掲載
 宇土市古保里町の昔ながらの民家が建ち並ぶ一画。ひっそりと看板を掲げるその工場が、およそ14万枚と言われる本丸御殿の瓦を製造した瓦屋だ。(資)中川瓦工場。3代目の高田信雄社長は、すでに瓦葺きが終わった御殿を見つめ「先代が瓦熱心な人でね…。熊本城の補修にずっと携わってきた。先代の下地があったからこそ、ようやく花開いたんだと思うよ」。ゆっくりと製造の逸話を語り始めた。
これでよかろ≠ヘ駄目 こだわってなんぼ

 本丸御殿の瓦は、平瓦に丸瓦を乗せる本葺き瓦。中国から朝鮮を経由して日本に伝来したとされる形式で、社寺や城郭などに広く用いられる。本丸御殿では、軒部分の瓦に細川家の九曜紋(くようもん)をあしらうなどの加工をして葺いた。
 瓦も発掘調査で出土した当時の瓦(古瓦)をもとに再現する。製造は、金型に粘土をはめ込んで形作った後、釜で焼き上げる一般的な工程だが、今回の復元では、瓦の大きさをはじめ、九曜紋の形など数_単位の正確さまでが要求された。
 ガシャーン、ガシャーン。焼いては壊し、焼いては壊しの繰り返し。焼成による粘土の縮み具合、金型の度重なる調整―。試作品が完成したのは、取り掛かってから約1年後。気が付くと、壊した瓦が山積みになっていた。
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 試作品が完成してからは、本格的に焼成作業に入り成果品とするが、これだけでは納得しない。「建造された当時はもちろん機械もなかったわけで、全て職人は手作業でしていたはず」。焼き上がった瓦には金型の後が残るため、一枚一枚磨きあげ、手作りの風合いを出していった。
 瓦特有の銀色は、焼成後に釜の空気を遮断し、不完全燃焼で発生する一酸化炭素の煙で色づける。いわゆる燻製肉と同じで、当時は松の葉っぱを燻して色を出したという。瓦にコーティングされた一酸化炭素の膜は、防水効果もあり「昔の人はすごいなあ」と、高田社長は先人の知恵に感心する。
 「復元はひとりでもこれでよかろ≠ニ思う者がいたら駄目。こだわってなんぼ」。本丸御殿の完成も間近となった11月半ば過ぎ、澄み切った秋の日差しを浴びて輝くその重厚で光沢のある瓦は、まさに3代目のいぶし銀≠フ技そのものだ。









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