熊本城復元整備の目玉事業で、来春の一般公開が間近となった本丸御殿大広間。400年前にさかのぼって当時を忠実に再現するこの大普請の裏側には、多大な努力をした専門工事業の姿があったという。目指したのは、資材、職人とも限りなく地元熊本にこだわること。大工、左官、建具など専門工事の知られざる現場にスポットを当てシリーズで紹介する。
B 建具   (株)平野木工(熊本市) 平成19年11月22日新聞掲載
 本丸御殿復元整備に使用される建具は、障子、杉戸、格子戸、突上戸、欄間などで、数量にすると、およそ540枚にも上る。その全てを手掛けるのは、熊本市に本社を置く兜ス野木工だ。平野正俊社長は「こんなに壮大な作業は滅多にない。責任の重さをひしひしと感じた」。白羽の矢が立った一昨年の思いを語る姿に当時の意気込みが伝わってくる。
精巧な技術、地元職人で立派に証明



 本丸御殿の作業以前には、熊本城復元整備計画の第一弾工事として進められ、平成14年に完成した南大手門の大扉を造作した実績を持つ。高さ4・19b、幅2・14b、厚み18・5a、重さ800`。畳に例えると約6畳分の大きさで、城内の大手門の中で最大級を誇る代物だ。
 「いわゆる神社仏閣などに精通する京都などの職人ではなくても、地元の職人で立派な作業ができることを証明した工事だった」と平野社長。ほかにも西大手門や数寄屋丸、熊本城以外では、山鹿市の八千代座や、南関町の御茶屋などに携わり、その実績は、本丸御殿を手掛けるのに申し分のないものとなった。
 本丸御殿の建具は、文化財建造物保存技術協会らが当時の文献資料などを調査し、名古屋城の本丸御殿をモデルに図面を作成。これをもとに平野木工が詳細な建具表を起こし製作に取りかかった。作業では、仕口、継手などをはじめ、釘も和釘を使用し、細部まで当時の技術で忠実に再現している。
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 例えば、腰付き障子等の腰部分。板の側面同士を接合する板矧ぎは、「樋部倉矧ぎ(ひぶくらはぎ)」という方法で組合せている。板側面の一方を山形に、他方を谷形に切り込んではぎ合わせるもので、接着剤を使わず、板の隙間からは、光や風が洩れないなどの利点がある。言うまでもなく、古人から学んだ伝統技術だ。
 「完成すれば目に見えない部分であるが、細部までこだわるのが今回の復元工事。本丸御殿には、精巧な技術が随所に散りばめられている。文化財建造物保存技術協会や元請業者の方などのご指導のもと、大変な仕事を成し遂げることができた」。
 城主が幕府の要人らと対面する昭君之間、若松之間には、数ある欄間の中でもとりわけ華やかな筬欄間(おさらんま)や花狭間欄間(はなざまらんま)がけんらん豪華さを演出する。職人が一つ一つ魂を込めて作った作品の数々。来年4月の一般公開では、その雄志が訪れる観光客の目を釘付けにするに違いない。






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